シュルレアリスムやポップアートにも影響、過去最大級のデ・キリコ展が開催中
Photo: Keisuke Tanigawa「予言者」(1914〜15年、ニューヨーク近代美術館蔵)© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

シュルレアリスムやポップアートにも影響、過去最大級のデ・キリコ展が開催中

豊富な限定グッズにも注目、「東京都美術館」で8月29日まで回顧展

Naomi
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20世紀を代表するイタリアの巨匠、ジョルジョ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico、1888〜1978年)の過去最大規模とも言える回顧展が、上野の「東京都美術館」で2024年8月29日(木)まで開催されている。

およそ70年にわたり多様なテーマで表現し続けたデ・キリコの画業を、初期から晩年まで、約100点以上の作品を通して網羅的に紹介する。世界各国の美術館や個人コレクションの絵画、彫刻や舞台美術の仕事などもまとめて展示される、非常に貴重な機会だ。

シュルレアリスムやポップアートにも影響、過去最大級のデ・キリコ展が開催中
Photo: Keisuke Tanigawa「SECTION 2 形而上絵画」の展示風景(© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024)

「意味」から逃れた表現・形而上絵画の発明

デ・キリコは、1888年にイタリア人の両親のもと、ギリシャのヴォロスに生まれる。ドイツ・ミュンヘンの美術学校で絵画を学ぶも行き詰まり、イタリア・ミラノ、そしてフィレンツェへ移住した。

1910年、22歳だったデ・キリコは、「いつも訪れる場所なのに、初めて訪れたかのような不思議な感覚に陥った」という自身の体験から、それまでの絵画で描かれてきた、意味やメッセージを込めた表現とは全く異なる、非日常で意味を持たない幻想的な風景や静物の世界を描き始める。

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Photo: Keisuke Tanigawa「バラ色の塔のあるイタリア広場」(1934年、トレント・エ・ロヴェレート近現代美術館蔵、L.F.コレクションから長期貸与)© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

それまで、哲学者ニーチェやカント、ショーペンハウアーなどの著作を読みあさり、スイス出身の画家アルノルト・ベックリン(Arnold Böcklin、1827~1901年)ら象徴主義の作風を取り入れて描くなど、自身の絵画表現を模索し続けていた。そしてこの時期に描いた作品群を、自ら「形而上(けいじじょう)絵画」と名付けて発表。次第に大きな注目を集めていく。

シュルレアリスムやポップアートにも影響、過去最大級のデ・キリコ展が開催中
Photo: Keisuke Tanigawa「SECTION 2 形而上絵画」の展示風景(© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024)

本展の「SECTION 2 形而上絵画」では、いるはずの人々の姿が一切なく、どこか不穏さを感じる「イタリア広場」のシリーズや、第一次世界大戦の頃に手がけた「形而上的室内」のシリーズ、そして、古典的なモチーフだった人物像を無個性のマネキンに置き換えた「マヌカン」のシリーズが展示されている。

わずか数年の間でもテーマや作風が変化していった「形而上絵画」は、サルバドール・ダリ(Salvador Dali、1904~1989年)や、ルネ・マグリット(René Magritte、1898~1967年)ら、同時代の画家たちに大きな衝撃を与えた。

シュルレアリスムやポップアートにも影響、過去最大級のデ・キリコ展が開催中
Photo: Keisuke Tanigawa「SECTION 2 形而上絵画」の展示風景(© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024)

本展では、後の芸術運動「シュルレアリスム」へつながる傑作の数々が多数展示されている。そのどれもが現実とは思えない不思議な光景を描いており、その意味や理由をつい想像したくなる謎めいた作品が多い。

「形而上」という、あまり日常的ではない言葉そのものの意味を考える以上に、デ・キリコの絵画の中に迷い込んだかのような展示室内で、実際の作品と対峙(たいじ)してみてほしい。彼が見て描こうとしたものは何なのか。深読みをする楽しさがあり、おそらく同じ作品でも、鑑賞者一人一人が異なるイメージやストーリーを連想しそうだ。

シュルレアリスムやポップアートにも影響、過去最大級のデ・キリコ展が開催中
Photo: Keisuke Tanigawa「形而上的なミューズたち」(1918年、カステッロ・ディ・リヴォリ現代美術館蔵、フランチェスコ・フェデリコ・チェッル―ティ美術財団から長期貸与)© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024
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Photo: Keisuke Tanigawa「剣闘士」(1928年、ナーマド・コレクション 蔵)、© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

謎と言われるのは、絵画だけではない。後年、デ・キリコは1910年代に描いた評価の高い作品群を、自ら数多く再制作した。贋作(がんさく)も出回り、美術館や画廊と裁判になってしまったほどだったが、そもそもなぜ再制作を繰り返したのかは、現在も明らかになっていない。しかし、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol、1928~87年)は、その行動に大いに影響を受けたという。

時代や文化を超え、人々の心をひきつけてやまないという事実が、デ・キリコが巨匠と評される理由であり、謎めいた魅力的な作家であることの、何よりの証だろう。

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Photo: Keisuke Tanigawa「SECTION 2 形而上絵画」の展示風景(© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024)

古典絵画への突然の回帰、舞台美術や彫刻も手がけた多才さ

シュルレアリスムやポップアートにも影響、過去最大級のデ・キリコ展が開催中
Photo: Keisuke Tanigawa「風景の中で水浴する女たちと赤い布」(1945年、ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団蔵)© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

フランスの詩人で文学者のアンドレ・ブルトン(André Breton、1896~1966年)が発表した著書「シュルレアリスム宣言」(1924年)でも「実に長いこと素晴らしかった」と、やや過去を振り返るように言及されているデ・キリコ。30代にして名声を得るも、1920年頃からは一転して、ルネサンスやバロックなど古典的な絵画の影響を受け、大きく画風が変化した。

きっかけは、1919年に訪れたローマの「ボルゲーゼ美術館」でのこと。16世紀の盛期ルネサンスに活躍した巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(Tiziano Vecellio)の絵画に衝撃を受けたのだ。

シュルレアリスムやポップアートにも影響、過去最大級のデ・キリコ展が開催中
Photo: Keisuke Tanigawa「SECTION 4 伝統的な絵画への回帰 」の展示風景(© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024)

本展の「SECTION 4 伝統的な絵画への回帰 ―『秩序への回帰』から『ネオ・バロック』へ 」では、それまで展示されていた作家の作品とは思えない、がらっと変わった作品群が展示されている。

若くして自身の新しい絵画表現が高く評価された一方で、数百年前に描かれた傑作に感銘を受け、伝統的な絵画の表現を学ぼうと研究・実践を尽くした姿勢は、当時のシュルレアリストらから酷評されたという。

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Photo: Keisuke Tanigawa「SECTION 4 伝統的な絵画への回帰 」の展示風景(© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024)

しかし、貪欲に自身の絵画を探求し、新たな解釈を加えながら表現していった作品の数々は、やがて晩年に描かれる「新形而上絵画」につながっていく。

展覧会を締めくくる「SECTION 5 新形而上絵画」では、「イタリア広場」や「マヌカン」などのシリーズに登場したモチーフや、古典絵画に見られた神話・哲学的な表現を連想するような作品など、デ・キリコのたどってきた人生と画業の集大成と言うにふさわしい、数々の作品が展示されている。

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Photo: Keisuke Tanigawa「SECTION 5 新形而上絵画 」の展示風景(© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024)
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Photo: Keisuke Tanigawa「SECTION 5 新形而上絵画 」の展示風景(© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024)

また、古典的な絵画への関心が高まっていた1920年代以降の仕事については、舞台美術にも注目したい。特に1930~60年代を中心に、バレエやオペラ、演劇などの舞台美術と衣装のデザインを数多く手がけ、舞台美術に関する論考も出版している。

筆者はこのエリアを鑑賞し、本展の冒頭「SECTION 1 自画像・肖像画」で展示されていた「17世紀の衣装をまとった公園での自画像」(1959年、ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団蔵)を思い出した。

生涯を通じて多数の自画像を描いているデ・キリコだが、1940年代ごろに描かれた作品では、闘牛士の衣装やよろいをまとった姿も描いている。どこか演劇的にも見える、ユニークな自画像や肖像画にも注目したい。

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Photo: Keisuke Tanigawa「TOPIC 3 舞台美術」の展示風景
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Photo: Keisuke Tanigawa「SECTION 1 自画像・肖像画」の展示風景(© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024)
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Photo: Keisuke Tanigawa「SECTION 1 自画像・肖像画」の展示風景(© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024)

同じく1940年代には、ミラノの画廊でテラコッタに油絵具で着彩した彫刻作品を展示するなど、彫刻の制作にも取り組んでいた。本展では、1960~70年代に鋳造されたブロンズを中心に、彫刻作品も数多く展示されている。

デ・キリコにとって舞台美術や彫刻は、絵画と切っても切り離せない表現活動だった。特に、自身の絵画に描いたマヌカンなどのモチーフは、実際に彫像として制作したいという願望を、最晩年まで強く持ち続けていたという。

シュルレアリスムやポップアートにも影響、過去最大級のデ・キリコ展が開催中
Photo: Keisuke Tanigawa「TOPIC 2 彫刻」の展示風景
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Photo: Keisuke Tanigawa「闘技場の剣闘士」(1975年、ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団 蔵)© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

本展でしか買えないグッズが多数、ヒグチユウコのコラボアイテムも登場予定

展示室を抜けた先には、特設のミュージアムショップが設けられている。作家が1978年まで存命だったこともあり、著作権の都合上、作品を用いたグッズは国内でほとんど展開されていない。作家や作品のファンは、この機会にぜひ手にしてほしい。

本展の限定グッズは、ミュージアムグッズ好きの間でも知られた企業、Eastが企画・制作している。作家や作品にまつわるエピソードやストーリーをもとに、細部まで丁寧に考え抜いて作られるグッズは魅力的なものばかりだ。East代表の開永一郎(ひらき・えいいちろう)から、今回のグッズ制作にまつわるエピソードを聞けたので、ほんの一部だが紹介したい。

シュルレアリスムやポップアートにも影響、過去最大級のデ・キリコ展が開催中
Photo: Keisuke Tanigawa特設ショップ

まずは、デ・キリコの作品にも描かれているビスコッティ。カップに入れたブラックコーヒーに浸して食べる、イタリアの伝統的な焼菓子だ。4種類のフレーバーがある本展オリジナルのビスコッティは、原材料を吟味した上で、添加物をできるだけ使わず日本国内で丁寧に製造しているという。

4種それぞれに、デ・キリコの作品から抽出した色の紙袋と、異なる柄のポストカードが付いてくる。また4種セットのパッケージは、「不安を与えるミューズたち」に描かれた直方体が、少しゆがんだところも再現され用いられている。食べ終わった後も、ポストカードなどと一緒に飾っておきたくなるデザインである。

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Photo: Keisuke Tanigawa特設ショップで販売されているオリジナルビスコッティ
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Photo: Keisuke Tanigawa「不安を与えるミューズたち」(1950年ごろ、マチェラータ県銀行財団パラッツォ・リッチ美術館蔵)© Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

幅広の持ち手が使いやすいオリジナルトートバッグは、鮮やかな作品のプリントが目を引き、ファンにはたまらないデザイン。Tシャツもまた作品から抽出した色で染められ、作品に登場する三角定規や、特に知られた名作がインクジェットでプリントされている。写真のほかに青と黒のバリエーションがあり、プリントも異なるので、現地でお気に入りを選んでほしい。男女兼用でSとXLの2サイズ展開だ。

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Photo: Keisuke Tanigawa特設ショップで販売されているTシャツとトートバッグ

また、筒形のトートバッグやマグカップも、使い勝手の良さそうなアイテムである。それぞれにプリントされた「GIORGIO DE CHIRICO」のタイポグラフィには、イタリアでは非常に一般的な書体「ボドニ(Bodoni)」が採用された。

ボドニは、18世紀にイタリアの印刷工ジャンバティスタ・ボドニ(Giambattista Bodoni、1740〜1813年)によってデザインされ、現在でもさまざまなソフトウエアに搭載されている。

今回のグッズでは、デジタルの書体ではなくレタリング、つまり手書きされた当時の書体をデータ化して用いているという。本当にささいなことかもしれないが、毎日のように目にし、使うアイテムにおいて、手書きならではの線の揺らぎがもたらす魅力は、決して少なくないだろう。

シュルレアリスムやポップアートにも影響、過去最大級のデ・キリコ展が開催中
Photo: Keisuke Tanigawa特設ショップ

なお、5月16日(木)からは、アーティストのヒグチユウコが描き下ろしたアートワークを用いた缶バッジ(3種類展開、440円、​税込み​)が発売予定だ。キリコの作品「不安を与えるミューズたち」からインスパイアされた作品で、ヒグチの絵本「ギュスターヴくん」が描き込まれているという。

なお、特設ショップの利用は、本展のチケットを持っている人のみ、当日限りなので注意してほしい。

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