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生きた本棚が作るゲイコミュニティー
言わずと知れたゲイタウン新宿二丁目。その深奥にある、とりわけディープな一角「新千鳥街」の中でブックカフェ「オカマルト」は営業している。店主の小倉東(おぐら・とう)は、ドラァグクイーン「マーガレット」の名でも知られる、日本のアンダーグラウンドなゲイシーンにおける最重要人物の一人だ。かねてより雑誌編集や文筆業でも豊富な知識と鋭い洞察力を披露してきた彼が、2016年末にオープンさせた店とあって注目が集まっている。同店の本棚に並ぶのは、通常のブックカフェとは異なり、ポルノ雑誌からアカデミックな研究書まで、ゲイやクィアカルチャー、同性愛などにまつわるものばかり。二丁目というコミュニティー内でゲイ資料をアーカイブしていく意義とは何なのか。平日昼間のオカマルトで話を聞いた。

権力に負けず表現を続けるロウ・イエに聞く、映画「シャドウプレイ」の制作秘話
タイムアウト東京 > 映画 > インタビュー:ロウ・イエ テキスト:伊藤志穂 検閲と闘いながら、変わりゆく中国の現代を描き続けてきた映画監督、ロウ・イエ。権力に負けず表現を続ける姿勢は、彼のこれまでの作品から見ても明らかだ。 2000年、「ふたりの人魚」は当局の許可なしに「ロッテルダム国際映画祭」に出品したという理由で、中国国内では上映禁止になる。中国では公に話題を取り上げることのできない天安門事件にまつわる出来事を扱った「天安門、恋人たち」(2006年)は、「カンヌ国際映画祭」で上映された後に上映禁止となり、ロウ自身も5年間の映画制作禁止の処分を受ける。それでも自身の描きたいものを貫いてきた彼は、数多くの国際映画祭で高い評価を受けている。 2013年の広州市で起きた汚職事件を巡る騒乱をベースとした映画「シャドウプレイ」では、時代に翻弄される人々の欲望や感情を描き、検閲の難しさと闘いながらも、公開を実現。広州市は、鄧小平(とう・しょうへい)が開始した改革開放(中国国内体制の改革および対外開放政策)で一番の変化をみせた地域であり、本作に登場するシエン村はその変化を象徴する特別な場所だといえる。 本インタビューは2019年の監督来日時に実施、経緯や映画の撮り方について話を聞いた。

ステイホームできない街、文化支援の現場から
タイムアウト東京 > カルチャー > ニューノーマル、新しい文化政策 第3回 上田假奈代 社会の在り方を大きく変容させた新型コロナウイルス感染症。連載シリーズ『ニューノーマル、新しい文化政策』では、アートプロデューサー、森隆一郎(合同会社渚と代表)のディレクションのもと、コロナ禍が文化政策に及ぼす影響やパンデミック後の在り方を探っている。 第3回は、大阪のNPO法人、こえとことばとこころの部屋ココルーム代表の上田假奈代(うえだ・かなよ)。日雇い労働者の街、釜ヶ崎で「表現」を軸にカフェやゲストハウスなどを営むココルームの経験をもとに、理想的な文化支援について聞く。 関連記事 『ニューノーマル、新しい文化政策 第1回 吉本光宏』 『ニューノーマル、新しい文化政策 第2回 若林朋子』 『ニューノーマル、新しい文化政策 第4回 平田オリザ』

クィアフェスティバル「Q(WE)R」が東京で初開催
タイムアウト東京 > LGBTQ+ > クィアフェスティバル「Q(WE)R」が東京で初開催 インタビュー、テキスト:油谷佳歩、岸茉利(大工時間) 2022年4月18日から5月6日(金)まで、在日フランス大使館とアンスティチュ・フランセ日本の支援のもと、東京各所で開催される『Q(WE)R-インターナショナル・クィア・カルチャー・フェスティバル』。 東京プライドウィークと並行して、パフォーマンスや映画上映、パーティーなど、クィアカルチャーを語る上で欠かせない数々の企画が準備されている。 クィアカルチャーとは何か? どのような目的で今回のイベントを開くのか? 東京の中心地でクラブイベントを含むインターセクショナルなフェスティバルの開催について、共同キュレーターを務めるイザベル・オリヴィエとシャイ・オハヨンに話を聞いた。 インタビュアーは、フェミニストでクィアなマインドを持ったコレクティブとして『大工時間』というパーティーを大阪で主催する、油谷佳歩、岸茉利が務めた。 関連記事『LGBTQ+フェスティバル「Q(WE)R」のベストイベント』『自分たちの居場所を作ること』『ドラァグクイーンとして体毛を生やす理由「男・女」らしさで遊んで』

墨田区はモデルケースになれるか、アートプロジェクトを開催する本当の意義
すみだ北斎美術館の開館をきっかけに、2016年から墨田区で開催されているアートプロジェクト『隅田川 森羅万象 墨に夢』(通称『すみゆめ』)。2021年9月1日から12月26日にかけて開催されている『すみゆめ2021』の注目イベントの一つが、地域の子どもたちが制作した巨大な段ボール力士が土俵を沸かす『どんどこ!巨大紙相撲~北斎すみゆめ場所~』だ。 『どんどこ!巨大紙相撲』は、美術家ユニットのKOSUGE1-16が全国各地で展開してきたプロジェクトだが、両国国技館を擁する墨田区では、本格的な実況解説や相撲甚句なども加わり『すみゆめ』毎年恒例の人気イベントになっている。 タイムアウト東京では、『すみゆめ』の魅力を掘り下げるべく、KOSUGE1-16のアーティスト土谷享とともに、多方面で縦横無尽な活躍を見せる「スタディスト」の岸野雄一を招いて、対談を行った。コンビニエンスストアでのDJイベント開催や、盆踊りの現代風アップデート、最近では公園でレコードを鑑賞する『アナログ庁』の開設など、東京のアンダーグラウンドシーンで常に話題を呼んでいる岸野だが、『すみゆめ』でも音楽監修を務める『屋台キャラバン』(主催sheepstudio)をはじめ、さまざまなイベントに関わっている。 今回2人には、開催を間近に控えた『どんどこ!巨大紙相撲』のことや、地域でアートプロジェクトを開催する意義、墨田区ひいては東京のカルチャーの潮流などについて、リモートではあるもののリラックスした雰囲気で自由に語り合ってもらった。

SDGsとアートの未来とは、南條史生が語る
タイムアウト東京 > カルチャー > SDGsとアートの未来とは、南條史生が語る 2021年4月29日(木・祝)〜5月9日(日)、「SDGs」をテーマにした芸術祭『ART for SDGs』が福岡県北九州市で開催。SDGsとは、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称で、2015年9月に国連で採択された文書『我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ(以下2030アジェンダ)』の中心を成す行動指針だ。貧困や環境問題、ジェンダー平等など、2030年までに達成すべき17のゴール(目標)を掲げている。一見すると、「芸術」とは直接的な関係がなさそうだが、日本の地方都市があえてSDGsを名前に冠する芸術祭を開催する意義とは何なのか。ディレクターを務める南條史生に話を聞いた。 関連記事『インタビュー:南條史生』

インタビュー:佐東利穂子
タイムアウト東京 > カルチャー > インタビュー:佐東利穂子 世界中が称賛するアーティスト、勅使川原三郎が率いるダンスカンパニー「KARAS」。パリ オペラ座バレエ団をはじめ、フランクフルト バレエ団、ネザーランドダンスシアター(NDT)など世界の名だたるカンパニーに振付作品を提供してきた勅使川原だが、驚くべきことに、その活動拠点が荻窪にあることは意外と知られていない。たとえば仕事帰りに、ディナー程度の価格で世界最先端の表現に触れられるKARAS APPARATUSがいかに貴重かということについては、2016年の記事『アーティストが場を持つということ』を参照してほしい(同記事で取り上げられている十色庵は2020年4月に閉館)。 そのKARASにあって、ここ何年ものあいだ舞台芸術ファンの注目を一身に浴びているのが、ダンサーの佐東利穂子だ。唯一無二の存在感が輝く舞台上だけではなく、昨今ではアーティスティックコラボレーターとして、勅使川原作品のクリエイション全般への貢献が大きく期待されている彼女。KARASが長らく精力的に取り組んできた「文学作品を踊る」ということを中心に、2021年8月に上演される勅使川原三郎版『羅生門』の魅力についても聞いた。 関連記事 『アーティストが場を持つということ』 『インタビュー:石井則仁(山海塾)』

アートの専門家が文化政策に必要な理由
タイムアウト東京 > カルチャー > ニューノーマル、新しい文化政策 第4回 平田オリザ 社会の在り方を大きく変容させた新型コロナウイルス感染症。連載シリーズ『ニューノーマル、新しい文化政策』では、アートプロデューサー、森隆一郎(合同会社渚と代表)のディレクションのもと、コロナ禍が文化政策に及ぼす影響やパンデミック後の在り方を探っている。第4回に話を聞くのは、劇団「青年団」主宰で、さまざまな自治体の文化政策に関わってきた劇作家の平田オリザ。アーツカウンシルの意義や芸術監督制度の是非、コロナ禍で大打撃を受けた舞台芸術と観光業を専門とする大学、『芸術文化観光専門職大学』などについて聞いた。 関連記事 『ニューノーマル、新しい文化政策 第1回 吉本光宏』 『ニューノーマル、新しい文化政策 第2回 若林朋子』 『ニューノーマル、新しい文化政策 第3回 上田假奈代』

「メセナ大国」日本のコロナ以降
タイムアウト東京 > カルチャー > ニューノーマル、新しい文化政策 第2回 若林朋子 社会の在り方を大きく変容させた新型コロナウイルス感染症。連載シリーズ『ニューノーマル、新しい文化政策』では、アートプロデューサー、森隆一郎(合同会社渚と代表)のディレクションのもと、コロナ禍が文化政策に及ぼす影響を探っている。第2回は、企業が行う文化活動に長年携わってきた若林朋子に、企業メセナを中心とした民間による文化支援について聞いた。 関連記事 『ニューノーマル、新しい文化政策 第1回 吉本光宏』 『ニューノーマル、新しい文化政策 第3回 上田假奈代』 『ニューノーマル、新しい文化政策 第4回 平田オリザ』

インタビュー:九世野村万蔵
タイムアウト東京 > アート&カルチャー > インタビュー:九世野村万蔵 伝統芸能、それも江戸の町衆に支持された歌舞伎ではなく、貴族や武家の寵愛を受けた能楽と聞くと、堅苦しく近寄りがたい印象を受ける向きも多いかもしれない。しかし、九世野村万蔵のおおらかな人柄に触れれば、能楽に対するそのような感想が当たらないものであるということに同意してもらえることだろう。 「狂言には『人間を愛したり、許したりしないといけませんよ』というメッセージが込められているんですよね」と話してくれたのが九世野村万蔵、狂言の二大流派の一つ、和泉流の野村万蔵家9代目当主だ。実父に公益社団法人日本芸能実演家団体協議会会長でもある人間国宝の野村萬を持ち、自身も万蔵家の組織「萬狂言」を率いて国内外で活動を行う、当代きっての狂言師だ。 時に「双子」とともたとえられる「能」と「狂言」の、二つを合わせた呼び名が「能楽」、古くは「猿楽」とも呼ばれていた。能に、神や仏、鬼といったこの世ならざるものを扱う悲劇性の強く深刻なものが多いのに対して、狂言は人間の滑稽さをユーモラスに表した喜劇と、おおまかには言える。 「能と狂言は表裏一体。どちらが表でもいいんですけれども、その両輪があるから今の時代まで生き残ってきた」と万蔵が言うように、悲劇だけでなく喜劇もあればこそ、多面的な人間の深みを表現することに能楽は成功してきたのだろう。万蔵の親しみやすい例にならうなら、「今で言えばNHK的な頭になって政治などについて真面目に考える」ことも、「バラエティ番組みたいにちょっとふざける」ことも人間の重要な生活の一部だ。「武家社会や貴族社会では能が好まれたとされますが、みんな頭がいいと思われたいから真面目な方の能を愛好していると言う。でも本心では狂言が好きという人もいっぱいいたんですよ」と茶目っ気を見せて笑わせてくれたのも狂言師ならではか。 『東京芸術祭2016』オープニングセレモニーにて 「ピエロ」への影響などで有名なイタリアのコメディアデラルテと同様に、狂言にもパターン化されたキャラクターが多く登場する。好きな役柄を尋ねると、「気持ちいいのはやっぱりちょっと威張ってる大名とかね。だけど本当は愛嬌がある、というような役柄が好きですね。狂言には、ほぼ悪人は出てこないと僕は考えています」。盗みを働く者や、賄賂を受け取る役人など、罪を犯す人物は数多く出てくる狂言だが、それは「悪人とは違う」と万蔵は語る。狂言では「人間誰しも持っている部分」がつい出てしまったり、それで後でしっぺ返しを受けたり、ということが描かれているからこそ許してしまう。そのような人間性が、「デラルテもそうだけれども、狂言にも多く描かれている」。これが万蔵の言う「『人間を愛したり、許したりしないといけませんよ』というメッセージ」だ。ゆえに、武家や貴族のみならず、庶民からも愛されてきた。 もちろん神事としての能楽という側面も忘れてはいけない。儀式的な面影を強く残す狂言『三番叟(さんばそう)』は、五穀豊穣を祈願し、また感謝を捧げるものであって喜劇としての要素は一切ない。「今でも『三番叟』を舞う際は身を清め精神を清め、神に憑依してもらいたい」という態度で臨むという。また、能を専門にする役者が狂言の舞台に立つことはない反面、狂言師は能においてもストーリーテラー的な重大な役割を担う。「狂言は簡単に言えばコウモリだと思います。何でもござれというのは大げさでも、とても幅広く」対応できる技量を狂言は必要とする。「悪く言えば器用」とおどけるが、確かに一つの道を極めることが

情の時代にあって、考え対話し続けること
タイムアウト東京 > アート&カルチャー > 情の時代にあって、考え対話し続けること テキスト:リサンサ・マンガン 75日間の会期を終え『あいちトリエンナーレ 2019』が、10月14日に閉幕した。106あった企画のうちの『表現の不自由展・その後』を巡っての脅迫行為に端を発する一連の騒動については、もうすでに多くのメディアが報じているのでここでは詳述しない。いわゆる「炎上した」ためもあってか、来場者数は過去最高を記録したという。せっかく数多くの人が観覧した芸術祭、一過性の「バズ」にしてしまうことなく、魅力にあふれた展示作品について心ゆくまで語り合おう、というのが本稿のとりあえずの目的だ。表現の自由や検閲、ミュージアムや文化助成の役割、挙げればキリのないほどにさまざまな地平の問題が絡み合っている本件を考える上で、個々の作品に時間をかけて向き合うことから始めることは決して無駄ではないだろう。 愛知芸術文化センター 今回の芸術監督を務めたのは、ジャーナリストの津田大介。ITを使った報道に一貫して携わってきた津田らしく、社会性の強いジャーナリスティックな作品や、映像などの新しいメディアを駆使した作品が目立つ芸術祭だったといえる。とりわけメイン会場の一つ、愛知芸術文化センターでは、映像作品やメディアアートが数多く展示されていた。 前回までと比較して、5万人近くも上回る67万人が来場したという今回のトリエンナーレだが、特に愛知芸術文化センターに限っては33万人と、前回の14万人弱をはるかに超える人数が訪れている。過去に例を見ない混雑に加えて、同会場の『表現の不自由展・その後』の展示中止を受けて、展示を自ら閉鎖する作家も多かったため、全ての作品を見られなかった人も少なくなかっただろうが、『ドクメンタ』や『ヴェネツィア・ビエンナーレ』への出展経験もあるタニア・ブルゲラや、『ベルリン国際映画祭』で短編部門金熊賞を受賞しているパク・チャンキョンなど、著名アーティストがめじろ押しだった。ミリアム・カーンの作品がまとまって見られたのもアートファンにはうれしい限りだろう。 なかでも印象的な作品の一つが、難民を扱ったキャンディス・ブレイツの『ラヴ・ストーリー』。『第57回ヴェネツィア・ビエンナーレ』にも出展された同作は、ジャーナリスティックな視点を持った映像作品という点で、津田芸術監督による今回の出展作品の傾向を代表する作品の一つといえよう。世界的な国際美術展への参加経験や受賞歴をことさらに挙げる必要もないのだが、ざっと見回すだけで国際的な評価の固まっているアーティストが多数参加している点からも「作家選択において過度な偏りがある」という芸術監督への非難が妥当なものか、判断できるのではないだろうか。 《Love Story》 2016、Featuring Alec Baldwin and Julianne Moore、第57回ヴェネツィア・ビエンナーレ、南アフリカ館、ヴェネツィア(イタリア) Commissioned by the National Gallery of Victoria, Outset Germany + Medienboard Berlin-BrandenburgPhoto: Andrea Rossetti Courtesy of Goodman Gallery, Kaufmann Repetto + KOW 難民に行ったインタビューから抜粋、編集した「ストーリー」を、ハリウッドスターが再現するという『ラヴ・ストーリー』では、プロフェッショナルな

インタビュー:南條史生
タイムアウト東京 > アート&カルチャー > インタビュー:南條史生 写真:Kisa Toyoshima 六本木の森美術館では、2019年11月19日(火)から『未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命――人は明日どう生きるのか』が開催される。本展会期中に同館の館長を退任する南條史生に、展覧会が描く「未来」について話を聞いた。
News (25)

真鍋大度4年ぶりの個展「EXPERIMENT」について知っておきたい5のこと
アート作品として結実させることで、最先端テクノロジーの可能性を世に提示し続けているクリエーティブチーム「ライゾマティクス」の代表を務める真鍋大度。国内外でさまざまな賞を受賞し、世界的な評価を高めている真鍋による4年ぶりの個展が、山梨県の北杜市で2023年5月10日(水)まで開催されている。 「清春芸術村」にある「光の美術館」をメイン会場として開催される同展は、決して大規模な空間インスタレーションを楽しめるような展覧会ではないが、稀代のクリエーター真鍋の現在進行系の思考をたどることができる。 Photo:Kisa Toyoshima光の美術館 1. 粘菌の動きに取り込まれる。 メイン会場である光の美術館に入ると正面に見えてくるディスプレー上で展開されているのは、「粘菌」のユニークな振る舞いからインスピレーションを受けた作品『Telephysarumence』だ。民俗学や生物学など、さまざまな分野で並外れた才能を発揮した博物学者、南方熊楠による研究で知られ、研究者のみならずファンの多い粘菌だが、特定の生物種を指す言葉ではない。 Photo:Kisa Toyoshima『Telephysarumence』 ここでは、脳を持たないにもかかわらず、周囲の環境にも影響されながら集団を自己組織化していくという、粘菌の独特な動きにフォーカスを当てている。来場者の動きを解析し、粘菌のシミュレータに入力することで、インタラクティブな映像と音声を生成する。 Photo:Kisa Toyoshima 2. 真鍋大度の実験に加わる。 前項で紹介した『Telephysarumence』でも、コンピューター上で粘菌の動きを模倣するシミュレータではなく、ゆくゆくは遠隔地に生きる本物の微生物とのインタラクションを目指しているとのことだが、本展では、そのような思考の過程とも呼ぶべき作品が4つ展示されている。 Photo:Kisa Toyoshima作品を解説する真鍋大度 『dissonant imaginary』という作品では、人間の脳活動を機械学習によるパターン認識で解析することで、心の状態を解読することを目指す「ブレイン・デコーディング」と呼ばれる技術を用いて、真鍋が制作した音楽を聴いた被験者の脳情報から生成した映像をディスプレーに表示している。 Photo:Kisa Toyoshima『dissonant imaginary』と『Cells:A Generation』 ラットの神経細胞が環境を学習していく仕組みを用いて絵を描かせるという作品『Cells: A Generation』では、本物そっくりの形状になるように細胞を培養させる「オルガノイド」という技術を用いて、いずれ真鍋自身の脳オルガノイドによって画像や音楽を生成させることが目指されている。 このように、記者会見で真鍋自身が「言い訳めいた」と話す個展タイトル『EXPERIMENT』の通り、完成度の高い大作というよりは、今まさにリアルタイムで進行している「実験」といった方が適切な展覧会ではあるが、今後の真鍋の活動を考える上で興味深いものになっている。 3. 光の美術館は低レイテンシで眺める。 Photo:Kisa Toyoshimaサテライト会場の様子 サテライト会場の「長坂コミュニティ ステーション」にも展示されている『Teleffectence』は、同地とメイン会場を、ソフトバンクの最先端の通信技術で結ぶ作品だ。「レイテンシ」と呼ばれるデータを転送する際にどうしても生じてしまう遅延時間は、

ジェンダーを問いかける、「装いの力―異性装の日本史」が松濤美術館で開催中
女性が男性の、男性が女性の姿を装う「異性装」をテーマとした展覧会「装いの力―異性装の日本史」が、渋谷区立松濤美術館で開催されている。古くは少女に扮装(ふんそう)して敵を討伐するヤマトタケルの神話に始まり、出雲阿国(いずものおくに)に端を発する歌舞伎などの芸能、果ては手塚治虫が宝塚歌劇団からの強い影響を受けて描いた「リボンの騎士」などの現代の漫画まで、日本の歴史において絶えず繰り返されてきた異性の姿を装う文化が、どのように表象されてきたかを考える手がかりをつかむ展覧会になっている。 Photo: Keisuke Tanigawa タブー化されていなかった日本の「異性装」 第1章「日本のいにしえの異性装」では、ヤマトタケルや神功皇后などの伝承や、猿楽などの中世の芸能が取り上げられ、キリスト教などによるタブーがあった西洋世界と比較して日本では異性装が珍しいものではなかったことがまず確認される。本章で18世紀の写本が出品されている「とりかへばや物語」は、氷室冴子や唐十郎といった現代の優れた作家によって何度も翻案されてきた「異性装モノの古典」といえるだろう。 しかしながら、異性装が娯楽として楽しまれていたという事実は、差別意識が皆無であったということを意味するわけではない。「室町時代の同人誌」として一時期インターネット上でも話題となった「新蔵人物語絵巻」に描かれている「変成男子(へんじょうなんし)」は、女性は成仏することが難しいためいったん男子になるという、いびつなジェンダー観が生んだ風習だ。 なお、本展で展示されている「新蔵人物語絵巻」は「サントリー美術館」が所蔵する上巻だが、「大阪市立美術館」の蔵する別本下巻が2022年9月14日から当のサントリー美術館で開催される「美をつくし―大阪市立美術館コレクション」展にも出品されるので、続きが気になる人はそちらもチェックするといいだろう。 「新蔵人物語絵巻」(部分) 16世紀(室町時代) サントリー美術館(前後期で場面替えあり) 2章「戦う女性―女武者」、3章「“美しい”男性―若衆」には、女性用の甲冑(かっちゅう)「朱漆塗色々威腹巻(しゅうるしぬりいろいろおどしはらまき)」(彦根城博物館 前期展示)や、男性用の振り袖「納戸紗綾地菖蒲桔梗松文 振袖(なんどさやじしょうぶききょうまつもん ふりそで)」(奈良県立美術館 前期展示)なども展示されており、実際に着用された装身具から異性装の実相をうかがい知ることができる。 続く4章「江戸の異性装-歌舞伎」、5章「江戸の異性装 物語の登場人物・祭礼」では、「国立劇場」や「早稲田大学坪内博士記念演劇博物館」などのコレクションから、「三人吉三(さんにんきちざ)」や「南総里見八犬伝」といった異性装のキャラクターが活躍する大判錦絵が多数展示されているのもうれしい。無神経な好奇の目がないわけではないとはいえ、どちらかというと好意的に描かれてきたこれらの章と打って変わって抑圧的な様相を帯びてくるのが、第2展示室で展開される6章「近代の異性装」だ。 Photo: Keisuke Tanigawa 「納戸紗綾地菖蒲桔梗松文 振袖」18世紀(江戸時代)奈良県立美術館蔵(前期展示)(Photo: Keisuke Tanigawa) 法律による異性装の禁止と罰則 西洋近代化へと急ぐ背景から、国民の風俗や習慣を矯正する目的で制定された「違式詿違条例(いしきかいいじょうれい)」。1873年、本条例に「異性装の禁止」が追加されたことにより、異性装者が実際に摘発される事態がたびたび起

2023年着工、国立劇場が2029年に大規模リニューアル
2023年から始まる国立劇場の大規模なリニューアルを記念して、「未来へつなぐ国立劇場プロジェクト」の特設ウェブサイトがオープンした。いよいよ閉館が目前となった初代国立劇場および初代国立演芸場の歴史を伝えるとともに、2022年9月から始まるシリーズ『初代国立劇場さよなら公演』をはじめとした今後の事業展開について紹介する。 国立劇場内観「大劇場」(画像提供:独立行政法人日本芸術文化振興会) ウェブサイトに「構想100年」という言葉がある通り、国立劇場の誕生までには長い道のりがあった。早くは文明開化の明治時代から、ヨーロッパの宮廷劇場のような、日本を代表する劇場を設立するという構想が何度も立ち上がったという。特に、近代社会にふさわしい演劇を目指すべく提唱された「演劇改良運動」の発展や、国家意識の高まりなどを受けて、従来の芝居小屋ではない国立による劇場を設置する必要性を訴える声も多かったようだ。しかしながら、実際に現在の国立劇場が完成したのは戦後のことである。 国立劇場内観「小劇場」(画像提供:独立行政法人日本芸術文化振興会) 連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の将校向けの住宅、三宅坂パレスハイツの跡地を利用し、半蔵門の地に1966年に初代国立劇場が完成。2018年から、半蔵門駅で文楽や歌舞伎の楽曲が発車メロディーとして使われているのはそのためだ。 国立演芸場内観(画像提供:独立行政法人日本芸術文化振興会) 半蔵門駅から皇居の堀沿いを進み、劇場の前庭にたどり着くと、春には満開の桜が出迎えてくれる。ソメイヨシノと異なる多品種の桜が植わっているので、比較的長いシーズンを楽しめるのも特徴だ。庭部分の地下には首都高速道路が走っているため、新たに大規模な建築物を建てることは難しいだろうが、公共建築だけに広場的な空間がどのように生まれ変わるかにも期待したい。 「初代国立劇場さよなら公演」ロゴマークとオリジナルキャラクターの「くろごちゃん」(画像提供:独立行政法人日本芸術文化振興会) 『初代国立劇場さよなら公演』シリーズは文楽の公演で幕を開ける。第1部『碁太平記白石噺』の「逆井村の段」は51年ぶりの上演とあって、こちらも要注目だ。57年の舞台に幕を下ろす劇場を惜しみつつ、未来へと続いていく伝統芸能を堪能したい。大、小の劇場と国立演芸場のほか、ホテルやレストランを併設した新たな国立劇場の運営開始は、2029年秋を予定している。 「未来へつなぐ国立劇場プロジェクト」の詳細はこちら 関連記事 『ニューヨークのメトロポリタン美術館、職員作品を集めた展覧会を開催』 『香港に香港故宮文化博物館がオープン』 『東京、6月から7月に行くべきアート展』 『日本で最も美しい書店&図書館9選』 『ブライアン・イーノの大規模展覧会「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」でしかできない9のこと』 東京の最新情報をタイムアウト東京のメールマガジンでチェックしよう。登録はこちら

宝塚歌劇の魅力が詰まった専門店が日比谷に移転オープン
2022年4月27日、宝塚アンが日比谷にリニューアルオープンした。宝塚アンは、名前の通り宝塚歌劇を中心に、ミュージカル関連グッズの販売、買い取りを行う他に類を見ない専門店だ。宝塚歌劇団の本拠地、兵庫県宝塚市にある宝塚アン花のみち店のほか、東京では有楽町の東京交通会館に14年の長きにわたり店舗を構えていたが、この有楽町駅前店が移転リニューアルという形で、新たに宝塚アン日比谷店として生まれ変わった。本記事では、気になる新店舗の様子を豊富な写真で紹介したい。 Photo: Kisa Toyoshima Photo: Kisa Toyoshima Photo: Kisa Toyoshima Photo: Kisa Toyoshima Photo: Kisa Toyoshima 創立から100年以上を経た宝塚歌劇団。近代日本文学の成立に大きく寄与した小説家の坪内逍遥をはじめ、当初から多くの文化人がその舞台に引きつけられてきた。近年でも詩人の最果タヒやお笑い芸人の山里亮太、文筆家の岡田育、能楽師の安田登といった、世代も分野も多種多様な著名人たちが、宝塚歌劇の魅力についてSNSやラジオを通して発信しており、改めて注目が集まっているようだ。新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大は舞台芸術界にも多大なる影響を及ぼしたが、一方で舞台作品の映像配信が普及浸透したことも、この流れに拍車をかけていることだろう。 山里亮太が推す愛月ひかるの写真集など(Photo: Kisa Toyoshima) Photo: Kisa Toyoshima カレンダーの品ぞろえも充実(Photo: Kisa Toyoshima) Photo: Kisa Toyoshima Photo: Kisa Toyoshima その意味で、旧来のミュージカルファンはさることながら、コロナ禍で新たに舞台芸術の魅力を知った人にとっても、過去の作品世界に触れられる貴重な場として、宝塚アンの重要度はますます増しているといえよう。品ぞろえは中古品によるところが大きいので、その時々で変わってきてはしまうものの、退団したスターの過去の活躍や、再演ごとにニュアンスを異にする名作を、たっぷりと楽しめる品々が数多くそろっている。生で観ることが舞台作品の最上の体験だとしても、映像で楽しむことを放棄する必要はないということを、この苦難の期間に実感した舞台ファンも多いのではないだろうか。 礼真琴&舞空瞳トップコンビの星組公演(2022年)も素晴らしかった『王家に捧ぐ歌』の宙組公演(2015年)。初演(2003年)には檀れいなどが出演した名作(Photo: Kisa Toyoshima) 退団による喪失をさまざまなグッズで埋めるのも一つの手だ(Photo: Kisa Toyoshima) Photo: Kisa Toyoshima 『川霧の橋』の主演を演じた剣幸、天海祐希、月城かなと(Photo: Kisa Toyoshima) Photo: Kisa Toyoshima 新店舗も相変わらず充実の品ぞろえで、面積についても大きな違いはない印象だが、5坪ほどの増床したとのこと。有楽町から日比谷というと、ごく近場での移転に思えるかもしれないが、忙しい舞台ファンにとっては劇場と同じエリアにあるということが何よりも大きいだろう。場所は日比谷ゴジラスクエアのすぐ近く、「世界一安いミシュランレストラン」こと添好運 日比谷店の脇道を入ったところだ。入店までの経路はエレベーター

70年大阪万博の貴重な音資料をDOMMUNE LIVEで公開
2020年。何かと取りざたされることの多い年であるがゆえに、「2020」という文字面にすでに食傷気味の向きもあるだろうが、この年は1970年の日本万国博覧会(大阪万博)から50周年のメモリアルイヤーでもあることを思い出してほしい。寺田倉庫が文化事業を展開する天王洲エリアにあるT-ART HALLでは、万博50周年を記念した『大阪万博50周年記念展覧会』を2020年2月15日(土)から24日(月)まで開催する。同展に関連して、地上波のバラエティー番組では知名度が低いらしいDOMMUNEが、例によって興味深い番組を放送するとのことで注目が集まっている。 天王洲の展覧会では、万博当時の様子を記録した貴重な資料のほか、西野達、蓮沼執太、そしてDOMMUNEを主宰する宇川直宏ら、万博から影響を受けたというクリエーターによる作品も展示する。実際の大阪万博にも展示された作品としては、岡本太郎による『マスク』、およびフランソワ・バシェによる音響彫刻『勝原フォーン』(復元)が登場。点数こそ少ないが、これらの作品を起点に万博を振り返ることが同展の醍醐味となりそうだ。 言わでものことながら、大阪万博のテーマである「人類の進歩と調和」を象徴する展示のチーフプロデューサーを担当したのが岡本太郎だ。フランス留学時代に文化人類学者マルセル・モースの講義にも出席していた太郎が、「人類」を表現するべく世界中の民族に伝わるさまざまな「仮面(マスク)」を集めたコレクションは、今も万博記念公園に建つ国立民族学博物館にとって一つのルーツになっている。ちなみに、「雪の科学者」として知られる中谷宇吉郎の実弟、治宇二郎が太郎に先んじてモーセに師事しており、縄文時代についての研究を行っていたことも、昨今の縄文ブームとともに広く知られてきたところである。 一方のフランソワ・バシェの音響彫刻は、「鉄鋼館」という日本鉄鋼連盟によるパビリオンで展示された作品。モダニズム建築の旗手、前川國男の設計による同館は、武満徹が音楽プロデューサーを務めており、大阪万博が前衛音楽の実験の場でもあったことを物語るパビリオンだ。当時の最先端の技術を駆使した音楽ホールとして建てられた同館は、現在では「EXPO’70パビリオン」として公開されているものの、万博以降に音楽ホールとしてはろくに利用されてこなかったことを晩年の武満自身が嘆いてもいる。ともあれ、建築やデザインとの関連で語られることの多い1970年の大阪万博を、音楽の視点からも振り返ろうという意図が、今回の展覧会の一つの提案として読み取れることだろう。 その意味で興味深いのが、冒頭でも触れたDOMMUNEのプログラムだ。アーカイブ作成にも力を注いできた大阪万博ではあるが、現存する約19万点もの資料全てをデジタル化できているわけではないという。今回の展覧会開催に当たり、DOMMUNE代表の宇川と音楽評論家の西耕一が音源リストを精査したところ、未デジタル化の貴重な資料がいくつも見つかったという。武満をはじめ、黛敏郎や秋山邦晴、松下真一、高橋悠治など、錚々(そうそう)たるメンバーが参加していた大阪万博だけに、昭和の現代音楽フリークの西らがどのような資料に注目したのか楽しみにしたい。 DOMMUNEの開催は2月7日と16日の2回開催。7日は、新たに生まれ変わった渋谷パルコにできたSUPER DOMMUNEを会場に、宇川と西のほか、映画監督の樋口真嗣、樋口尚文に加えて、大阪万博の参加アーティストでもある一柳慧が登壇する。フルクサスなど、音楽以外のジャンルのアー

DOMMUNEに一柳慧が登場、次回の万博特集は2月16日
2月7日、ライブストリーミングスタジオのDOMMUNEに、一柳慧が登場した。一柳といえば、日本にジョン・ケージを紹介したことでも知られる現代音楽界におけるレジェンド的存在。この日は、『70年大阪万博の貴重な音資料をDOMMUNE LIVEで公開』でも触れた通り、2020年が1970年の日本万国博覧会(大阪万博)から50周年に当たることを記念して開催される『大阪万博50周年記念展覧会』の関連プログラムとして、貴重な音資料が多数再生された。 一柳からは、大阪万博の3年前に開かれたカナダのモントリオール博の際に、日本から視察に来ていた建築家の黒川紀章や美術家の山口勝弘といった顔ぶれが、当時ニューヨークに住んでいた一柳を訪れてからモントリオールへ向かったなど、貴重なエピソードが数多く話された。DOMMUNE代表の宇川直宏とともに今回の音源調査に関わった音楽評論家の西耕一が、一柳の名前でクレジットされている楽曲をかけるものの「これは秋山(邦晴)さんじゃないかなあ」とやんわりと否定するなど、笑いを誘うシーンもあった。 一柳の楽曲以外にも、小杉武久や黛敏郎など、今なおアヴァンギャルドに響く貴重な音源が次々とかけられ、19時から24時まで長丁場に立ち会った視聴者にとっては印象深い夜となったのではないだろうか。なかには武満徹が「家族に評判が悪い」と万博の音楽に対して卑屈になっている肉声などもあり、輝かしいだけでない当時のムードが伝わってくる。とはいえ、一柳が言うように万博に参加したアーティストたちが「自由な空気のなかで最高の力を出せた」からこそ、50年後の現在でも多くの人を引きつけるイベントとなったのだろう。「そうでなければ、あんまりやる意味ないですよね」という一柳の言葉にうなずかされる。 DOMMUNEの万博特集は、2月16日(日)にも開催される。次回は、美術評論家の黒瀬陽平をゲストに迎えるとのことなので、万博と美術との関係からの興味深いトークが聞けそうだ。「大阪万博と前衛芸術」というテーマ設定でいえば、椹木野衣の著書『戦争と万博』(美術出版社)があまりにも有名だが、暮沢剛巳と江藤光紀による『大阪万博が演出した未来』(青弓社)もまた、極めて示唆に富んだ良書。美術だけでなく、それぞれデザインや音楽も専門としている研究者らによる共著ならではの、広範な視点で大阪万博を振り返ることができる内容になっているので、DOMMUNEの予習復習にもうってつけだろう。 関連記事『70年大阪万博の貴重な音資料をDOMMUNE LIVEで公開』

池袋西口公園に大型野外劇場がオープン、フルオーケストラコンサートにも対応
2019年11月16日、池袋に新たな舞台芸術の拠点がオープンした。長らく大規模改修を行っていた池袋西口公園に誕生したのは、以前の野外ステージとは比較にならないほどに本格的な野外劇場だ。 HIDETO MAEZAWA HIDETO MAEZAWA フルオーケストラコンサートにも対応した舞台は、大型ビジョンや音響設備も備え、各種ライブビューイング上映も予定されている。公園の上空に浮かぶ、渦を巻いたような象徴的なオブジェは、工事中にも多くの人が目にしただろう。「グローバルリング」というコンセプトを体現するリングは、多彩なLED照明演出を可能にするだけでなく、 池袋の新たなランドマークともなりそうだ。 HIDETO MAEZAWA こけら落としとして上演されるのが、静岡県舞台芸術センター(SPAC)の大出世作『マハーバーラタ』だ。鈴木忠志の代から意欲的な活動を続けていたSPACの芸術監督を引き継いだ宮城聰の代表作でもある本作は、名前の通りインドの叙事詩を翻案したものだが、フランスのアヴィニョン演劇祭でも上演されるなど、世界から喝采を浴びている。歌舞伎俳優の尾上菊之助の企画で歌舞伎化されたことも記憶に新しい。 11月22日に行われたゲネプロはあいにくの大雨だったが、こけら落としを祝って数多くの招待客が駆けつけた HIDETO MAEZAWA HIDETO MAEZAWA 池袋西口公園に隣接する東京芸術劇場の活動は言わずもがな、かねてより舞台芸術に力を入れてきた豊島区。同じく2019年11月にオープンした東京建物 Brillia HALLでは宝塚歌劇の誘致に成功するなど、伝統芸能からサブカルチャーまで手を広げ、精力的な姿勢を見せている。豊島区の都市構想「誰もが主役になれる劇場都市」に今後も注目が集まる。 こけら落とし公演『マハーバーラタ~ナラ王の冒険~-東アジア文化都市2019豊島バージョン-』は、11月23日(土)11時30分からと、15時からの2回公演。当日券あり。 詳しい情報はこちら

江戸時代から続く伝統行事「御会式」が現代のパフォーマンスと融合し開催
江戸時代から日本各地に伝わる伝統行事「御会式(おえしき)」を知っているだろうか。うちわ型の太鼓を叩き続けながら、「万灯」と呼ばれる美しい灯をともした山車(だし)とともに夜の町を練り歩く、祭りの高揚感に満ちた中毒性の高い人気イベントだ。とりわけ、雑司が谷で開催された2019年の『鬼子母神 御会式』は、例年に比べて数多くの外国人が参加し、ひときわ大きな熱気に包まれていた。 10月16日から18日にかけて開催された『鬼子母神 御会式』の当日、アニメイトやユニクロ、ラウンドワンが軒を連ねる池袋の繁華街で、太鼓を叩きながら練り歩く集団を見かけた人も多いのではないだろうか。実は、このパレードには、中国国籍を持つ豊島区民をはじめとする、さまざまなルーツを持ちながら日本に暮らす人々が数多く参加していた。いわば多国籍版の御会式とでも呼ぶべきこのパレードを実現させたのが、東アジア文化都市2019豊島 舞台芸術部門スペシャル事業『Oeshiki Project(御会式プロジェクト)』だ。 東京では大田区の池上本門寺のものが特に有名だが、主に日蓮宗で行われている法要であるため、御会式のなかには地域住民以外にはあまり認知されていないものも多い。雑司が谷の地で毎年開催されている『鬼子母神 御会式』も、国際色豊かな池袋エリアにありながら近隣住民に愛されるローカル色の強い行事といえよう。立ち並ぶ祭り屋台に威勢の良さそうな地元の若者がにぎわい、昔ながらの縁日らしい風情を感じることができて実に好ましい。 一方、メイン会場となる鬼子母神堂から見てJR池袋駅の反対側には、中国などのアジア圏を中心に、さまざまな背景を持った人々が生活する、乱雑ながらもエネルギッシュな一大エリアがある。実際、2019年1月1日時点の豊島区の統計では、人口28万9508人に対して、外国人住民数は3万223人となっており、実に10人に1人以上の割合で外国人が実際に住んでいることが分かる。特に、外国人住民数の半数近くが中国籍というのは豊島区の大きな特徴だろう。 この地に暮らす多様なバックボーンを持つ人々と、ローカルに息づく伝統との交流を試みて実施されたのが、先の『Oeshiki Project』だ。プロジェクトの中核を担ったのは、劇場空間を離れた演劇作品で知られる劇作家の石神夏希と、世界各地の中国人コミュニティーに取材した作品を発表しているアーティストユニットのシャオ・クゥ×ツゥ・ハン。プロジェクトの成功の背景に、御会式の伝統を守り続ける雑司が谷の人々や、異国の地でつましくもたくましく暮らすコミュニティーに対する、1年以上にもおよぶ入念なリサーチがあったことを記しておきたい。 『Oeshiki Project』のひたむきなリサーチが作品として結実したのが、先に述べたパレードをハイライトとするツアーパフォーマンス『BEAT』だ。外国籍の人や、その子孫、国外経験の長い人など、多様なルーツを持ちながら日本に暮らす一般の人々を「市民パフォーマー」として公募した『BEAT』は、その市民パフォーマー1人と参加者1人がそれぞれパートナーとなり、地図を頼りに池袋北西エリア内の指定されたスポットを訪ねる。 参加者は、中国系カラオケ店の楽動池袋KTVなど、多くの日本人にはなじみの薄いディープな場所で、市民パフォーマーからルーツについての話を聞いたり、太鼓を演奏したりして異文化交流を楽しんだら、いよいよパレードのスタート地点である中池袋公園へ移動。それぞれ練習してきたビートを打ち鳴らしながら、グリーン大通りを目指す。

東京の空にふさわしい「顔」とは?現代アートチームが顔を募集中
突拍子もない話だが、今をときめく現代アートチームの「目 / [mé]」が、「顔」を募集している。『大地の芸術祭』や『北アルプス国際芸術祭』など、数多くの芸術祭にも引っ張りだこの目は、展示空間を別空間のように作り替え、そこに様々な仕掛けを忍ばせたインスタレーションなど、想像力を刺激する作品で人気の若手アーティストだ。そんな目が、来たる2020年に向けて、巨大な人間の顔を東京の空に浮かび上がらせるプロジェクトを進めているという。 目のメンバーであるアーティストの荒神明香(こうじん・はるか)が「中学生の頃、突如、街の上空にまるで月のように人間の顔が『ぽっ』と浮かんでいる夢を見た」ことに着想を得ており、作品タイトルもずばり『まさゆめ』。夢のような光景を生み出す、そのキーとなる顔候補を、オフィシャルサイトにて現在募集中だ。「2020年夏の東京の空に、どのような顔が浮かぶべきか」が真剣に討議されたのち、荒神が最終的に一人の顔を選び出すという。 同様のプロジェクトは、2013年から2014年にかけて宇都宮美術館で、『おじさんの顔が空に浮かぶ日。』として展開された。なんの変哲もない「おじさん」の顔が宇都宮の上空に浮かんでいる景色は、さぞ異様なことだったろう。前回は「おじさん」という制約があったが、今回は年齢、国籍、性別を問わず広く募集している。せっかくの機会なので、宇都宮で実施された際の印象的なエピソードについて、目に尋ねてみた。 「たくさんあるのですが、気がついたら『なんだなんだ?』という感じで街にたくさんの人が集まって来ていて、老人ホームから、おじいちゃんおばあちゃんがぞろぞろ出てきたり。これはボランティアスタッフの方から聞いた話ですが、街なかでおばあちゃんが、空に浮かぶ顔を発見した途端、慌てて家の中に戻っていき、しばらくしたらまた慌てて表に出て、カメラのほこりを口でフーッとはらいながら撮影している様子を見たそうです(笑)。泣いてる子もいたり、大笑いしてる人もいたり。不思議と、どんな反応や行動も共感できるような光景に思えました」 空に巨大な顔が浮かび上がる。言葉にしてしまうとごくシンプルな発想だが、実際に直面したならば、しばらく使っていなかったカメラを取り出してきたくもなるだろう。想像するだにワクワクしてくるが、何はともあれ、その場に立ち会ってほしい。より密に楽しみたい人は、「どのような顔が浮かぶべきか」を議論する「顔会議」も参加可能なので、そちらも要注目だ。まずは話の種にでも、下記のオフィシャルサイトから「顔」を応募してみてはどうだろうか。 『まさゆめ』の詳しい情報はこちら

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2019が開幕、今年の見所は?
photo by Sakura Fushiki 毎年恒例の『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』が今年もスタートした。フランス人の写真家ルシール・レイボーズ(Lucille Reyboz)と、映画や舞台の照明デザイナーである仲西祐介(なかにし・ゆうすけ)が2013年に開始した同写真祭も7回目を迎え、数多くのアートイベントが開催される京都にあってもひときわ大きな存在感を示すイベントの一つとなっている。2019年の会期は4月13日(土)〜5月12日(日)の4週間。同時開催される『KG+』も合わせると計70ヶ所以上のヴェニューが会場になっており、とても全部は観て回れないかもしれないが、こちらのレポートを参考にして存分に楽しんでほしい。 ユニークなヴェニュー 『KYOTOGRAPHIE』の魅力の一つに、京都という街ならではの独特な展示会場がある。今年も建仁寺の両足院をはじめ、老舗の蔵を利用したギャラリースペースなど、貴重な建築物が会場として選ばれた。作品そのものだけではなく、際立った空間と作品とが切り結ぶ関係もまた同イベントの見所といえるだろう。建仁寺両足院では、バウハウス100周年を記念して、モダニズムに計り知れない影響を及ぼした同校に学んだ写真家、アルフレート・エールハルト(Alfred Ehrhardt)の作品が紹介されている。 また、赤いレンガに白い石を巡らせた、いかにも辰野金吾(たつの・きんご)らしい建築が目を引く京都文化博物館の別館では、キービジュアルにも使われている若かりし日の坂本龍一(さかもと・りゅういち)の写真を撮影した巨匠、アルバート・ワトソン(Albert Watson)の写真展が大々的に開催されている。アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)やデヴィッド・ボウイ(David Bowie)、ミック・ジャガー(Mick Jagger)など、著名人の幻惑的なポートレートに荘厳な空間が優美なオーラをまとわせている。 KG+も忘れずに すでに高い評価を得ている作家が多く出展する『KYOTOGRAPHIE』とは異なり、将来を嘱望される写真家やキュレーターの発掘と支援を目的に行われるサテライト企画が『KG+』だ。MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERYなどの有力ギャラリーや、名和晃平(なわ・こうへい)らのアートピースを蔵するホテル アンテルーム京都、内閣総理大臣も務めた山縣有朋(やまがた・ありとも)の別邸「無鄰菴」などを含む、市内各所で開催されている。アワードも開かれており、前回のグランプリ受賞者である1994年生まれの顧剣亨(こ・けんりょう)が、今年は『KYOTOGRAPHIE』の出展者として祇園のSferaにて展示を行っている。ルーキーの活躍に今後も期待したい。 5つの見逃せない展示 それでは結局どの展示を観ればいいのだろう。実際、各所に点在するヴェニューを全部制覇することは難しい。時間のない人のために、5つだけおすすめの展覧会をピックアップした。国際的に活躍する音楽家の原摩利彦(はら・まりひこ)によるビジュアルインスタレーションや、昨今注目を集めるキューバから世代の異なる3人の写真家を招いたキュレーションなど、ほかにも見るべきものは数多くあるが、今年の『KYOTOGRAPHIE』らしさをより表していると感じられるものを、訪問順序も考慮して独断と偏見で選出した。 1. イズマイル・バリー『クスノキ』@二条城 二の丸御殿 御清所 まずは、フランスとチュニジアを拠

東京都現代美術館がリニューアル、親子で楽しめるアート施設へ
2019年3月29日(金)、約3年にわたり大規模改修工事を行っていた東京都現代美術館がリニューアルオープンした。オープン初日の29日は、20時までの夜間開館(展示室入場は閉館の30分前まで)があり、入館料も無料となっているので、ぜひ実際に訪れてみてほしい。 今回の改修は、経年劣化に伴う設備機器の更新をメインとするものであり、抜本的な変化があったわけではないが、エレベーターの増設や多目的トイレの拡充のほか、子育て支援設備の充実などが図られ、時代に即したものとなった。従来からベビーカーの貸し出しなどを行っていたが、併設する美術図書室に子ども向けのライブラリーを備えるなど、今回のリニューアルでも子育て面については特に注力しているようだ。1995年に開館した同館から強い影響を受けたコアなファン層が、子育て世代になっていることも関係しているかもしれない。 こどもとしょしつ 外見上での変化を一番感じられる点は、館内のサインだ。スキーマ建築計画を率いる建築家の長坂常(ながさか・じょう)がサイン什器設計を、富山県立美術館のサイン計画なども手掛けたデザイナーの色部義昭(いろべ・よしあき)がサイン計画を担当している。巨大な建築空間の圧迫感を中和させるような軽やかなデザインが印象的だ。隣接する木場公園との一体感が増したところにも、子育て層にアートを楽しんでほしいという同館の狙いが見える。 ミュージアムショップは引き続きナディッフ コンテンポラリィ(NADiff contemporary)が手掛ける 今回のリニューアルでは、飲食店施設も一新され、「スープストックトーキョー」などで知られるスマイルズが展開する100本のスプーン、二階のサンドイッチの2店がオープンした。あざみ野、二子玉川に展開する100本のスプーンは、すべてのメニューにハーフサイズを用意しているほか、季節に応じた離乳食なども提供する。新業態となる二階のサンドイッチは、その名の通り、同館2階に位置するサンドイッチ店。ベトナミーズがなくなってしまったのは寂しいが、鑑賞前の虫養いに気安く利用できそうだ。 100本のスプーン 肝心の展示室については、コレクション展示室入り口すぐの扉から、屋外展示場へ出られるようになったことが大きな特徴と言えるだろう。実はリニューアル以前から屋外展示場として存在はしていたのだが、実際に使われることがほとんどなかったこのスペース。広さのわりにあまり知られていなかった空間に、今回新たに世界的なサウンドアーティスト、鈴木昭男(すずき・あきお)の作品『道草のすすめ —「音 点(おとだて)」 and "no zo mi"』が設置された。作品は、屋外展示場のほかにも館内にひっそりと設置されているので、同館の探索がてら、こちらもぜひ探し出してみてほしい。 耳の形をした足跡の上に立って周囲の音に耳をそばだてる作品 現在は、『百年の編み手たち—流動する日本の近現代美術』『MOTコレクション ただいま/はじめまして』が開催中。企画展示室とコレクション展示室をあわせて、同館のコレクションを堪能することのできる展覧会だ。今後のスケジュールとしては、ダムタイプやミナ ペルホネン、オラファー・エリアソンなどの企画展が予定されている。 東京都現代美術館の詳細はこちら

トーキョーフェスティバル?トーキョートーキョーフェスティバル?
2018年9月1日(土)から12月9日(日)の100日間、豊島区池袋エリアを中心に開催される『東京芸術祭2018』の記者会見が、6月27日に東京芸術劇場にて行われた。『東京芸術祭』とは何かという疑問については、タイムアウト東京の過去の記事『2018年に東京芸術祭が本格始動、野外劇の出演者を公募オーディション』を参照してほしいが、「東京」と言いつつ「池袋」、「芸術」と言いつつ「舞台芸術」をメインにしたイベントだという認識があれば、おおむね間違ってはいないだろう。 メルラン・ニヤカム『空は翼によって測られる』撮影:猪熊康夫 今年からは東京芸術祭の直轄事業が『東京芸術祭』スタート以前より続く『フェスティバル / トーキョー』や東京芸術劇場の『芸劇オータムセレクション』といった、従来のプロジェクトの寄せ集めという印象が強かった同芸術祭だが、本年はどうだろうか。この課題に対する答えの一つが、『東京芸術祭』の直轄事業だ。先の記事でも言及している、全キャストをフルオーディションで決定する野外音楽劇『三文オペラ』をはじめ、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の映画『珈琲時光』を原作とした作品、カメルーン出身の振付家メルラン・ニヤカム(Merlin Nyakam)が静岡の中高生と制作した作品など、興味深いプログラムが並んでいる。この直轄事業を選考したのは、2020年まで同芸術祭の総合ディレクターを務めることが決定している、演出家の宮城聰(みやぎ・さとし)だ。 総合ディレクター宮城聰 「芸術競技」を反面教師として就任期間が2020年まで、という点からも、東京オリンピック・パラリンピックの存在が念頭に置かれていることは疑いようがない。事実、記者会見で宮城は、実現に至らなかった1940年の東京五輪にも言及し、「『芸術競技』を反面教師として、(五輪に対して)積極的なポジションを取っていきたい」と発言している。「芸術競技」とは、かつての五輪で実際に採用されていた「競技」の一つ。Wikipediaによると、「種目は絵画、彫刻、文学、建築、音楽があり、スポーツを題材にした芸術作品を制作し採点により順位を競うもの」ということだ。スポーツ大会の中で芸術作品を採点し順位を競わせるというのは、なんともナンセンスな印象を受けるが、やはり恣意的な判定などが問題視され「芸術競技」は廃止される。かわって登場するのが、今回の東京大会においてもかまびすしく取りざたされている「文化プログラム」ということらしい。 トーキョーフェスティバルの中のフェスティバルトーキョー?ところで、この『東京芸術祭』だが、英語表記では『Tokyo Festival』となる。最も重要とも思える「芸術」の部分が見事に脱落しているところも不思議だが、同芸術祭の主要事業の一つ『フェスティバル / トーキョー(英語名:Festival/Tokyo)』との兼ね合いも気になるだろう。つまり英語の音だけで聞けば、「トーキョーフェスティバル」の中に「フェスティバルトーキョー」があるという状態になってしまう。 「文化プログラム」はトーキョートーキョーフェスティバルさらに言えば、同芸術祭の構成団体でもある東京都およびアーツカウンシル東京が、先述の「文化プログラム」のために展開する事業の名前は『Tokyo Tokyo FESTIVAL』。「トーキョートーキョーフェスティバルの中のトーキョーフェスティバルの中のフェスティバルトーキョー」といったことになる可能性もあるのだろうか。ややこしいのが名前だけならまだ良いが、「文化プログラム」に関しては、よ