ウェス・アンダーソンのアンチは、彼の長編12作目「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」を見ないほうがいい。というのも、映画界随一の細部へのこだわりの強いこの監督は、これまで自分に求められてきたこと全てを我々に見せてくれているからだ。
例えば、個性的で魅力あふれる台詞回し、チェック柄とストライプが入り混じる衣装、そして彼独特の色使いと同じ様に精密に配置されたカメオ出演の数々だ。
アンダーソンは、その映像美と過剰なまでにスタイリッシュなアナログの世界観により、パリの「ポンピドゥー センター」からロンドンの「デザイン ミュージアム」まで、著名な美術館で称賛を浴びてきた。現時点で、彼がその完璧な持ち味を変える必要はまったくないだろう。
本作品では、アンダーソンは「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」の小さなストーリーを積み重ねる手法を使い、一般受けはしないかもしれないが、さらに大きな賭けに出た。一方、彼の映画の常連俳優陣の中では、これまでとは違うキャスティングが試みられている。例えば、ザ・ザ・コルダという武器商人役のベニチオ・デル・トロは、これまであまり見せなかったコメディアンとしての魅力を発揮した。
コルダが新規プロジェクト（フェニキア計画）のために、資金提供を依頼するのが、トム・ハンクス、ブライアン・クランストン、スカーレット・ヨハンソン、リズ・アーメッド、ベネディクト・カンバーバッチ、ジェフリー・ライトらが演じ、敵と味方が入り混じったさまざまな人物たちだ。
コルダは後ろ暗い過去を背負っており、そのドナルド・トランプ的な交渉術は、彼をヒーロー的要素を持った悪役とどう見ても悪役でしかない悪役の中間に位置付けている。マイケル・パウエル監督、エメリック・プレスバーガー製作の「天国への階段」へのオマージュとなる、天上の法廷まで登場する。コルダは自らの卑劣な人生の正当性を神（ビル・マーレイ）に対して弁明しなければならないのである。
※D・トランプの著書が「The Art of the Deal」
ミア・スリープルトンは、ザ・ザ・コルダの娘であり後継者である、無表情なシスター・リーズルを見事に演じている。修道女志望で、感情を表に出さない性格と、父親への複雑な感情を抱えた人物である。
一方、マイケル・セラは、コルダの9人の息子たちを教えるスウェーデン人の謎めいた家庭教師、ビョルン・ルンドとして出演。謎めいた過去と奇妙な口ひげで、本作の風変わりな魅力を一層引き立てている。
コルダ、リーズル、ルンドの純粋とは言い難い動機で結ばれた3人組は、2007年の「ダージリン急行」以来、アンダーソン作品に登場してきた、最強の結束力を誇る主要人物グループを構成している。リーズルとルンドは、コルダの夢である砂漠都市計画「フェニキア」の支援を、彼の敵にも味方にもなり得る人物たちから取り付けるためのミッションに加わることとなる。
アンダーソン節は間違いなく全開であるが、だからといって、彼が向上のための変化を試みていないわけではない。持ち味である自身のスタイルに、フィルムノワールの風味やアクション要素を織り交ぜているほか、戦闘機の空中戦、手榴弾や緊急脱出したパイロットが宙を舞う場面には、ストラヴィンスキーの音楽が重ねられている。
今作品は、小部屋を5つ集めたようにセグメント分けされており、アンダーソンは観客が処理しきれないほどの情報量や豪華キャストを、ためらうことなくそれぞれに詰め込んでいる。クランストンとハンクスがバスケットボールをする様子や、優雅なインドの王子に扮したアーメッドを楽しみつつ見ていると、いきなり物語が再び動き出すのだ。
この過剰なまでの「ウェスらしさ」は、鑑賞体験を損なうのだろうか？ いや、そうとは言えない。なぜなら、衣装デザイナーのミレーナ・カノネロによる見事な衣装（シスター・リーズルのストッキングには注目すべき）を楽しんだり、美術監督アダム・ストックハウゼンの遊び心に満ちたセットの中に入り込んだりできるからである。
実のところ、先ほどの問いは答えを求めていない修辞疑問文のようなものだ。なぜなら、このアンダーソンによる豪華絢爛な作品を観るという体験は、精緻に作られたパズルを組み立てることに似ているからである。時に苛立たしくもあるが、全体像がつながった瞬間に得られる充足感は極めて大きいのだ。
2025年9月19日（金）全国公開