THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE
© 2025「THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE」製作委員会

レビュー

THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE

4 5 つ星中
オダギリジョーが描く、不条理とユーモアのカオスワールド
  • 映画
  • お勧め
Rikimaru Yamatsuka
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タイムアウトレビュー

2025年9月26日に公開される「THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE」

本作は、2021年と2022年にNHK総合で放送されたテレビドラマシリーズの劇場版に当たる。筆者はドラマ版をまだ観ていないが、シーズン2の放送時にはXで世界トレンド1位を獲得。「東京ドラマアウォード 2022」では単発ドラマ部門のグランプリを受賞するなど、各方面で高い評価を得た話題作だ。

劇場版も引き続き、オダギリジョーが脚本・監督・編集・出演を務めている。

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シュールで不条理なダークファンタジー

主人公は、鑑識課警察犬係に所属する警察官・青葉(池松壮亮)の相棒は警察犬のオリバー。しかし、なぜか青葉には、オリバーが「着ぐるみを着たオッサン」(オダギリジョー)にしか見えない(一平以外の人間には優秀な警察犬に見えている)。

スケベで下品で口の悪いオリバーと、生真面目で正義感の強い青葉という対照的なキャラクターがバディーを組み、行方不明になったスーパーボランティアのコニシ(佐藤浩市)を追うことになる。

一見すると、いかにもよくありそうなストーリーだし、実際に筆者も「マジメな池松と粗野なオダギリによる凸凹コンビが、個性豊かな登場人物たちとの楽しいやりとりを交えつつ、難事件を解決するオフビートなコメディーなのだろう」と査定していたのだが、開始から30分ほどたった時、どうやらこの映画はそういうものではないと気づいた。

全体的な雰囲気は確かにオフビートで、ギャグもたっぷりちりばめられているが、本作はシュールで不条理なダークファンタジーなのである。

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「人気ドラマの劇場版」というセオリーを逸脱する

まず、日本における「人気ドラマの劇場版」として考えると、本作はかなり異形である。池松とオダギリに加えて、吉岡里帆や永瀬正敏らが演じるキャラクターたちの、それぞれのエピソードをチャプター形式でつないでいく群像劇なのだ。

しかもその物語はどんどんシュールでサイケデリックな方向へと向かってゆき、各キャラクターの「お約束」と思われるセリフや演出なども随所に見られるものの、「人気ドラマの劇場版」のセオリーからは大きく外れている。

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何かをやってるようで何をやってるのかよく分からない、輪郭のぼやけた不条理な方向へとストーリーはねじれ、なんと最終的には円環性と入れ子構造を両立させた映画『マルホランド・ドライブ』のような手触りに変貌してゆく。

つまりこれは、相当に実験的な映画である。にもかかわらず、観客を最後まで引きつけることにギリギリで成功していると思う。その要因のひとつとして、キャスト陣の豪華さがあげられる。

ハンパない豪華キャスト

出演陣には池松壮亮、オダギリジョーをはじめ、麻生久美子、本田翼、黒木華、香椎由宇、永瀬正敏、鈴木慶一、佐藤浩市、吉岡里帆、深津絵里……と、ビビるほど主演級の俳優たちが次々と登場する。

それは、キャスト陣の代表作である『時効警察』や『パビリオン山椒魚』『私立探偵 濱マイク』などをデジャヴ的にほのめかし、ある種のメタ感覚をも生み出すと同時に、スタア俳優が放つ「華」によって視覚的快楽も担保する。

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さらにスタイリングや舞台美術も抜群にイケまくりだし、ドローンを駆使した大胆なロケーション撮影や画面分割多用した編集も見どころ。ジャジーでクールなエゴ・ラッピン(EGO-WRAPPIN')​​による主題歌・劇伴も相まって、カオティックに展開する物語をしっかりと支えている。

この構造は、フェデリコ・フェリーニの『8 1/2』に通じるものがある。現実と心象風景が混濁する抽象的なストーリーを、マルチェロ・マストロヤンニという大スターを起用し、美しい衣装や舞台美術を揃え、視覚的快楽を担保することで観客の好奇と関心をつなぎ止めるという点において、本作は『8 1/2』の手法にのっとっている。

確か、オダギリは熱心なフェリーニファンだったはずである。

不思議の国のオリバー

脚本的なことで言うと、反復法の使い方も面白い。反復法とはつまり、同じセリフや動作を延々と繰り返しまくって笑いを生み出すという、石井克人やコーエン兄弟などがよくやる手法である。それを単なるウケ狙いの小ネタのみにとどまらせず、ドラマそのものに組み込んでいる。

本作は現実と不思議な世界が交錯するダークファンタジーであるが、劇中で繰り返されるある演出がキーとなっている。そして、どういう共通点があるのかは分からないが、登場人物はその世界へと足を踏み入れる。

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その世界が如何様に不思議なのかは本作を観てもらいたいが、これは要するに『不思議の国のアリス』なのだと思う。『不思議の国のアリス』は、しゃべる白ウサギに誘われたアリスが、夢と論理の矛盾に迷い込むというストーリーだが、本作もまた、オダギリ扮するしゃべる警察犬という設定をファンタジーとして捉え運用している。

アリスが迷い込んだ世界では白ウサギは時間を象徴し、ハートの女王は権力を象徴していたが、本作で登場人物が迷い込む不思議な世界は、果たして何を象徴しているのか一見するに分かりづらい。深く考察してもいいし、ただシュールなサイケデリアに身を任せてもいい。

繰り返すようだが日本の商業映画、それもテレビドラマの劇場版というフォーマットにおいて、これほど観客に委ねている作品というのは相当珍しいと思う。

リンチとフェリーニとジュネとギリアム

筆者が本作を観て想起したのは、前述した『マルホランド・ドライブ』と『8 1/2』と『不思議の国のアリス』、そしてジャン=ピエール・ジュネの変態性が精巧な衣装や舞台美術によってオシャレに転じた『アメリ』、正気と狂気が入り混じりながら展開するメタ的作劇『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』である。

リンチとフェリーニとジュネとギリアムを彷彿(ほうふつ)とさせる国産商業映画というと何だかすごそうに思えるが、オダギリは残念かつ喜ばしいことに、この4人ほどぶっ飛んではいない。ものすごく変な映画だが、決してクレイジーではなく、正気だ。要は、シネフィルが遊び心たっぷりに作った映画である。

オダギリジョーはマジでカッコいい

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総じて言えば、『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』は、日本映画、それもTVドラマの劇場版において非常に珍しい「商業と前衛の境界を踏み越えようとした作品」といえるだろう。過去を参照するなら、黒澤明の『夢』や大島渚の『愛のコリーダ』など、商業映画と前衛映画の境界を踏み越えようとした作品はいくつもある。

だが、黒澤や大島が社会的・歴史的テーマを抱えていたのに対し、オダギリはむしろ「無意味さ」や「脱線」そのものを作品の核に据えていると思う。この点が、彼を日本映画の主流から外れた「ポストモダンの異端児」として際立たせているワケだ。

しかし、なんと驚くべきことに、ここまで2500字近くにわたって書いてきたレビューは、筆者の友人がかつて言い放った一言に集約することができる。いわく、「いじめ、カッコ悪い。オダギリジョーはかっこいい」。オダギリジョーはマジでカッコいいと思う。

2025年9月26日(金)全国公開
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